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2010年9月

2010年9月28日 (火)

銀河鉄道999③

2006年、冥王星は国際天文学連合によって、惑星から除外されてしまいました。

水・金・地・火・木・土・天・海・冥(もしくは冥・海)と呟きながら、太陽系惑星の順番を覚えた者としては、寂しい限りです。でも、どう発表されようと、この星が大切であることは変わりません。


さて、999にとっても冥王星は重要な星です。機械化人となった人々の、元の体が氷の大地に保存されているからです。

映画では、この中の1つをじっと見つめるメーテルが出てきました。
でもこのシーン、アニメでも放送されたはずなのですが、私はすっかり忘れてしまっていました。その後の長い旅の話で記憶から薄れてしまったのか、それともどこかで何かを感じながらも‘メーテルはメーテルだから...’と深く考えないようにしていたからなのか、いずれにしても、忘れるべきではなかったなぁ…と思います。なぜなら、映画の最後で、メーテルと鉄郎の母との関係が明かされるからです。


幾度も生まれ変わってきたメーテル。。。鉄郎に「あなたは私に気付かない」とも言っていました。

人は見た目なのか心なのか・・・それは現実にも通じる疑問で、今更ながらに考えずにはいられませんでした。


彼女は、同姓の私から見てもたいへん魅力的です。スラリとした体型に長い髪、憂いをおびた優しげな瞳、、、他の容姿なんて考えられないわ、とも思うのですが、長い旅を共に乗り越えて、心が繋がった2人なら、見た目がどう変わろうとも気付くのではないかな、とも思います。(そうであってほしいです)


現実でも歳を重ねると見た目は変わります。でも、本当に大切な人なら、どう変わっても愛情は変わりません。だから、きっと。

なんだか、999と共に私自身も長い知の旅をしているようです。

2010年9月19日 (日)

銀河鉄道999②

子供の頃は感動しつつも、どこか‘アニメの中の物語’として見ていて、現実とリンクさせるようなことはあまりなかったように思います。でも今は、様々な話に対して色んな感情が湧いてきて、自分ならどうするだろう・・・と考えながら見ていました。

例えば、若き頃の体を特殊な視点から見つめ続ける「冥王星のシャドウ」のお話し。


昔は、シャドウの前の姿がとっても可愛くて、これならとっておきたくなるよ〜としか思わなかったけれど、今は「私ならどうする?」と考えてしまいます。見た目の美しさは別としても、若き自分をとっておけるのだとしたら・・・・・・・でも、正直私は機械の体のほうに、より興味があります。


日々生きていると、風邪やら何やらで体調がいまいちな時もあって、それにともなう痛みなどを感じると、感じない機械の体が魅力的に映る...子供の時は鉄郎と同じように、そんな体絶対いらない!と思っていたから複雑ですけど、歳を重ねて少し考えの幅が広がったのかな、、、とも思います。

それにしても機械の体って、ほんとにどうなのでしょうね......


愛する人たちとずっと一緒にいられる喜び、未来を知れる喜び、だけど勿論、そんな喜びばかりではないはずで―考えは尽きません。。。

2010年9月10日 (金)

【銀河鉄道999】

1979年に放映された、テレビアニメの映画版第1作を、長い年月を経て初めて見ることができました。


主人公、星野鉄郎が機械の体を手に入れるために、銀河鉄道999に乗車し、ヒロイン、メーテルと共に旅に出るというお話しです。・・・といっても、一言で言いきれるような内容のものではありません。深く壮大なスケールの名作です。

映画は、そんなテレビ版を変化させつつまとめた、という感じでした。それでも、機械人間や乗車パス、冥王星の話しに全身ガラスの少女、時間城…ハーロックにクイーンエメラルダス。。。と、魅力的な存在が沢山出てきます。原作者の松本零士さんの想像力にはほんとに感服するばかりです。

ただ、私は999を隅から隅まで詳しく知っているというわけではありません...


私には‘良い’と思ったものを敢えて深く追求しないようなところがあって、心の割と深い部分にそれを置いて、また何かのきっかけで思い出してみたり、いつかどこかで見られるだろうと、自然な再会にまかせてしまうところがあるのです。・・・そして、大抵そういうものとは(ありがたいことに)再会を果たすことができます。


この999も再放送などで何度も見ましたし、時間はかかりましたけど、映画版もこうして観ることができました。

2010年9月 4日 (土)

Love Letter③

クッキーをかじっていたり、ストレッチをしていたり、インスタントカメラを片手に校庭をパタパタと走っていたり、、、思い出を求める博子の「静」の印象とは逆に、どこかお茶目に応えていく樹には「動」の印象がありました。

でも、樹が真実を知ったことで、そんな2人の気持ちが繋がってゆきます。


雪原の上で「お元気ですか?」「私は元気です」と大声で叫ぶ博子


父の思い出を抱きつつ、同じ言葉を部屋の中で静かにつぶやく樹

離れた場所で、呼応しあう2人。


静と動が入れ替わることによって、せつなさが更に増すように感じられました。。


それにしても、この映画を見ていると、中学時代を丁寧に振り返りたくなります。同じ時間を過ごしたかつての友達も、それぞれがそれぞれに特別な思い出を持って、懐かしく昔を振り返っているのかもしれないな...と思いました。

さて、映画では図書カードを見て涙ぐむ樹の姿が出てきます。そのシーンに、なんとなく雪解けの、春のようなあたたかさを感じました。

流れる音楽も美しく、魅力的な出演者も多い、本当によい映画です。

That's all.

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